Я шел.

お前は猫か。
そう言われることがないわけではないし、煙と何とかはと言われることが無いわけでもないが、つい、何となく、特に理由もなく、
彼はよく屋上や、非常階段、閉鎖された箇所であっても特に気にせず、本来であれば人が歩きはしない場所に居る。
別段一目を避けているわけでもない(避ける場合もあるわけだが)、気が向けば何となく街の上の方に。癖のようなものだった。
下に広がっていく迷路のような路地の間を上から移動していくか、その片隅に腰を下ろして煙草をふかして、それを残していなくなる。もちろん用があれば下の道を歩く。
彼にとって――他人に取っては通路ではない道も――ただの通り道で、故に「猫か」「煙か」「馬鹿か」と言われる理由の1つであり、面倒事に巻き込まれた際に逃げるルートの多さとも言える。
単純に上の方が風が気持ちいいのと、単純に下に広がる迷路のような町並みを眺めているのと、立ち並ぶビルの風景が何となく面白いというだけの理由で、彼は屋上の縁などにいたりする。見知らぬ人間が見れば、すわ身投げかと思うような位置に。

下を歩いている人々はまず上を見ない。
上下に対して人の視線はあまり動かないようで、上を――ビルとビルの間を人間が飛び越えても――まず彼らは目の前だけを見ている。それは当然で上から落ちてきたものを(例えば誰かが手を滑らせた窓際の花瓶を)避けろという方が無理な話だ。
そんな有るような無いような理由の元、彼はよくそんな場所にいる。
何故、と問われたら答えられない程度の感覚で、上を移動していく。

下を時折知り合いが目に入る。

緑色の頭にサングラス、カジュアルな服装、その横の黒髪の長髪、黒いスーツ、青いビニール傘。彼らは何やら言い争いながらも道を別れる事なく同じ方向に歩いて行く。その向こうに2人を目指して手を降って走ってくる子供(白い髪、レインコート、中折れ帽)の姿が見える。3人は合流するとやはり同じ方向に歩いて行った。

ひょろりと長い背筋、黒短髪に黒い服、頬に銃痕を貼り付けた青年はその腕を横の色味の薄い男の肩に回し、短く切り込んでツンと立たせている灰かぶりのブロンドを乱暴に撫で回しながら、凭れ掛かりつつ歩いて行く。方向は灰ブロンドのフラットの方向であるようだ。その腕に紙袋が抱かれているので彼の作る夕飯を集るのだろう。

路地裏の真ん中を歩く人影は、眼帯に悪趣味な派手なシャツ、今日日TVドラマでもお目にかかれないような絵に書いたようなチンピラのような男。大股で歩き、銜えていた葉巻を投げ捨てて、男は不意に何かに気づいたように走り出した。その背中を見送って位置を変えれば通りのカフェのテラス席で上等な服装、黒髪をポニーテールにして腰まで垂らしている女が機嫌悪そうに腕時計を見ている。机の上に置かれていた黄色い熊のぬいぐるみの頬を指で突いて溜息をついている風に見えた。

ショッピング区画では、短い髪を撫で付けた目つきが悪くカジュアルな服装が似合わない男と、その腕にしがみつき、抱っこ紐の中の子供に笑いかけている、黒髪に勝ち気な紫目の少女のような母を中心にした親子連れが玩具屋の前で談笑している。

横断歩道で紙袋を抱きかかえた金髪にサングラスをした体格の良い男。横断歩道を渡る老婆の手助けをしているお人好し。

高級ブティックが立ち並ぶ区画で見かけたいかにもな色男といかにもなグラマーな美女が紙袋を片手に絡み合ったままリムジンに乗り込んで行く。

走りだしたリムジン、その後に滑りこんできたリムジンから降り立った秘書らしきスーツの女、ドアが開けられてから降りてきた白い長い髪が流れる先の指に誘われて降車したのは黒い髪の少女。

オフィス街ではタクシーから降りた黒髪を撫で付けた人の良さそうな笑みを湛えた嫌味にならないが安物ではないスーツに身を包んだヒスパニック系の青年。その横に立ったサングラスの男だけがこちらに気づいて視線を寄越した。

背の高い短髪で体格の良い青年が前を見えないほど紙袋を抱えて、前を歩く痩せた山羊のような男の後を着いてゆく。気づけば前を行っていた男は違う店にふらりとした足取りで入ってしま、一瞬見失っって辺りを見回してから店内に後を追う。

路地裏のバスケットコートで赤い髪の少年は鉄パイプを振り上げて至極楽しそうに喧嘩の相手を叩きのめす。

ゴミ箱の裏から黒猫を抱き上げた幸薄そうな東洋人の少年。銜えていたキャンディーの棒をその猫に奪われて慌て追いかけていく。

その猫を抱きとめた短い金髪にラフな格好をした少年のような少女のような人間が楽しげに猫の口から飴玉を奪う。

その先、とりわけ治安の悪い地域の片隅で運悪く柄の悪い人間に絡まれている風の金髪の青年は先の少年のような少女のような人物と兄弟のように見えた。本気を出せば一撃である筈なのにまずは話し合いでどうにかしようとしているようだった。仕事で出歩いていたのではないので、長距離は勿論、中距離の獲物も持ちあわせていない。足元に落ちていた空き缶。それを投げた。位置エネルギーを加えて落下して来た缶にノックダウンされて治療対象者が増えた事に顔を上げた先にはただビルの直線と角しか見えない。

 

いつものように何となく、そんな高い位置に居た時、時刻はそろそろ夕刻に差し掛かり、沈んでいく夕日の光にビル群が射られ、長い陰が更に長く街に張り付いて行く。
街は夜に飲まれ、また違う顔を見せる。
切り絵のようになる瞬間、見上げた空を家路に着いたのか烏が羽を落として飛び去っていった。

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