New Device

見られる方から見たのなら、好奇心しか映らぬ瞳がひとつ、空を埋め尽くして見えるのだろう。もしも顕微鏡のパレット上でカバーガラスを貼り付ける表面張力の中から世界を見上げたのならば。
青い瞳に映るのは、未だかつて見たことのない玩具を見つけた子供の瞳。
睫毛がレンズに触れてしまいそうな程に覗きこみ、次にそれをモニターに全画面表示させる。楽しくてたまらないので、キーボードを叩く音すらリズミカルだ。

鼻歌まじりに何をしているのかといえば、興味のない人間に説明をすれば3分と理解させられずに終了し、興味のある人間に話せば夜が開けても終わらない。

先程帰宅したニキの体内から引きずりだした、バイオテクノロジーとナノテクノロジーの申し子が目の前に、茜は今にも小躍りでもしそうな程に喜んでいた。
事実、指先は首にかけたままのヘッドフォンから――つけっぱなしのテレビ画面の洋画から――漏れる音楽に合わせてキーボードを叩いている。

「うひょう、すっげー! すげぇ! D-LIZARD すげえ!! Across this new device!」

椅子の上で両手を広げる茜は背後のニキの半眼もどうでもいい。
目の前にある新しい玩具こそが重要だ。
残された楽しい時は長くない。
「すげえぞこれ! タンパク質だ! タンパク質でナノマシン作ってっから、レントゲンにも映らねんだよ! タンパク質でできたロボットだ! いやそれだってオレらもタンパク質で出来たロボットだった! 同じモンでできてりゃ、そりゃ無理だ! わかんねえよ!!」
きゃきゃきゃと笑う茜の目の前に並ぶマルチディスプレイでは英数字の羅列が流れては消えていく。タイムトライアルの中で人知れず知る(そもそも知名度が上がった時点で負けとも言える業界ではある)ハッカーは情報の解析に全力と興奮を注いでいた。

「電力供給がすげえシンプル! レモン電池みてえだ! その時の電力でそのまま信号出してんのか!? すげえな!! レシーバーどうなってんだよ!! 受信データをどう変換してんだ!?」

デジタル信号の途絶えたデバイスは既に役目を終えたことを知り、遺伝子にも仕込まれているように自死プログラムを発動している。
茜はばらばらと途切れていく細胞をモニター越しに、顕微鏡越しに凝視しながら、最期の瞬間までの情報を読み取ろうとしている。

死に似た現象を観察している。

テクノロジーが発展して、何もかもが便利になったとして、どれだけ人間が進化して、そして滅びる時が来ても、有史以前、地球上に生命が発生した時から変わらずに、魂の証明がなされ、生命の起源を解読し、遺伝子を操作して思い通りの生命体を造れたとして、人格の再構築が1と0で可能になって、デジタルにどこまでも他者と交わり合うことができたとしても、同じものを求め続けている。

自分に触れる他者の温度アナログを。

そう、神様はきっと淋しがり屋で寒がりなのだ。

一人ぼっちに耐えられなくなったから、誰かを求めてみただけの、迷子の子供みたいな気持ちで世界を創造したに違いない。

だから生き物は自死できるのだ。
与えられるシグナルと共に存在意義を失って。

デバイスは溶けて崩れ、解析が不可能になる。
茜が「ああん」といい所で中断されたと不満の声をあげるが、今得たデータをさらに解析するプログラムを起動させ、その動きを少し眺めてから、ため息を吐いた。

「でかしたぞ、ニッキー」

今更の感謝(?)にくるりと椅子を回せば、当のニキの方は部屋の真ん中にあるソファに寝転んだまま、テレビの方を眺めていたので、茜はばたばたと手を振って自分の存在をアピールする。
「ニッキー! ニッキサーン! 聞いてー! 見てー!!」
視界の隅で動くものに気づいたニキが視線だけ茜に投げれば、茜は満面の笑みで親指を立てた。

「レアアイテムゲットだぜ!」
まるきりゲームで得たような。

「あっそ」
興味無さそうに、ニキが言う。先程、右腕に茜が作った新しい傷を手当する気もないらしい。

「なんだよーすげーんだぞー。聞く? さっきまでお前の中にあったんだぞ?」

「もうねえじゃん」

身も蓋もない返答に茜は椅子に座ったままスライドしてニキに近づいて、口を尖らせる。
「つまんねー奴ー」

「はいはい」
ニキは先まで自分に埋め込まれていた発信機よりも、テレビの方が面白いらしい。
「さっき見たのみてー」

「あー、あれもすげーなー。録画あるぞ」

「なに撮ってんだよ」

「撮ったのはオレじゃねえもん。ナイツコルスの監視カメラだもーん」

(つまりはそれにアクセスしていたわけだ)

「子ども達は全員、英国側に保護されたし、悪の組織は壊滅したし、めでたしめでたしじゃんな」

「悪の組織って、フィクサーなんざその統領じゃねえかよ」

スーツの時なら似合いそうだな、とニキは思う。ただし、リチャードを思い出す。それと、妹。

「……どれがヒーローで、どれがヒールで、どれがヒロインだっけ……?」

何となしに呟いたニキに茜が冷蔵庫から我が物顔でワインを持って帰ってきた。
「それならお前は、美味しい脇役だな。
ちらっとしか出ねえのに、固定ファンが付くタイプの、すぐ死ぬ奴」
ほらどけと、同居人がソファーに転がったままの家主を手で払う。
「オレの場所開けろよ」

そして家主が嫌そうな顔をして、それでも体を起こした。

ニキが頓着せずにポケットに突っ込んだせいでくしゃくしゃになった小切手を、茜は顔の前で広げる。
ニキとフィクサーは誰も仲が良いとは言わないことは間違いないだろうが、度々遭遇して何やらいつもニキの方は大金を得ているような気がしないでもない。

「臨時収入、どうすんだ?」

どうって、と聞かれ、何か使う予定があるのか、と問われたことに思いついて、ニキが茜の鼻先の小切手の額を見る。
金払いのいい上客、知り合いの弁護士が言っていたセリフを思い出す。
確かに、2倍の額を提示されて裏切らなかったから、という理由で3倍出す金の使い方をする輩はそういまい。

「そうだなー。とりあえず、ダッツ買うか」

「一生分以上買えるぞ」

「そんなにいらね。こないだお前に食われた分と、ひーらぎに食われた分」

自分の家の冷蔵庫でありながら、何故か(問うまでもなく)消えていく中身。
時折置かれていた紙を見ると、茜と友人のヒイラギシンジは何やら人の家の冷蔵庫を使っては、好きなものをお互いに勧めあっているらしい。

「なんだよー。もっとでっかいのねえのかよー」

「ライターどこやったっけな……」

言われて茜は呆れたような、からかうような、同情するような半眼で明後日の方向に呟いた。
「フィクサーも、ほんと無駄金払ってるよ」

ライターを探しているニキの横で、ポケットから黒いライターを取り出した。
既に信号は途絶えているが、茜カスタムの手が入ったそれはライターとしての機能を蘇らせている。
それをニキに投げようとして、茜が口角を持ち上げた。
彼の口元の煙草に手を伸ばし、奪うと自分が咥えて火を着けた。
にやりと笑う茜にニキは一瞥をくれて、いつものことだと気に止めず、新たな煙草を手にとって――

茜の咥えた煙草の先で火を着けた。

煙草の代理抗争オルタナティブキス

不意打ちに停止していた茜の時間が流れだす。
その時には既にニキはテレビの方に顔を向けてしまっている。

悔しくなって茜はワインを手酌で汲んで、グラスを一杯一気に空にした。
(……新しいワークステーションを組もう)
せめてもの仕返しに、臨時収入を減らしてやる計画を立てながら、
「ナイツコルスばりに何か埋め込んでやろうか……」
そうしたら、こんなに振り回されずにこっちの言いなりにできるので、それはそれで楽しそうであったので、本人にそのまま聞いてみた。
「どうする? オレがお前の頭弄ってたら」

舞台で命令を待ち微動だにせずに立ち続けていた同じ顔のメイドの姿を思い出す。

対してニキの返答はシンプルだ。
「そんなん、もうわかんねんだから、どーでもいいんじゃねえの?」

ああ、と茜が納得する。
納得した答えをそのまま伝えるのも悔しかったので、事実を告げた。
「だからフィクサー、お前のこと嫌いなんだよ。そういう単純なところが」

(オレは好きだけどな)

「いや、でもやれば出来ると思うぞ? スペックは低くねえんだから」
駄目な子を褒めるような茜の言葉をニキは既に聞いていない。

よし、と茜が一人頷いて、リモコンでテレビを消した。
ニキの不満げな目に満足気な茜が言う。
「せっかく大金持ちになったんだから、何か旨いもん食いに行くのがセオリーだろ」

「……いまから?」

嫌だと顔だけで言うニキに、茜は煙草の煙を吐きかけ、にっ、と笑う。
「おうよ。命短し旨いもん食え若者よ」

「……行けば?」

動く気のないニキに、茜はとりあえず頭突きをした。

New Device
This story written by Xacra from “Fairy the Cage
For Artemisia Absinthium, and thanks.
BGM Linkin Park “New Divide”.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です